高橋泥舟  一行書 
作家名 D-037 高橋泥舟
作品名 一行書
価格
作品詳細 掛け軸 紙本 合箱  
本紙寸法31x131p
全体寸法49x177.5p
作家略歴
天保6年(1835)〜明治36年(1903)

江戸において、旗本山岡正業の次男として生まれる。名、政晃。幼名、謙三郎。字、寛猛。通称、精一。号、忍歳、泥舟。妹・英子は山岡鉄舟の妻。母方の高橋包承の養子となる生家の山岡家は槍の自得院流(忍心流)の名家で、長兄高橋静山に就いて槍を修行、神業と謳われるほどの評判を得るまでになる。安政3年、22歳で講武所槍術教授。万延元年、同槍術師範となり、文久3年、上洛中の将軍家茂から浪士取扱を親諭され、勅許を奉じて従五位下に叙せられ、伊勢守を称する。慶応2年新設の遊撃隊の頭取。鳥羽伏見の敗戦後、帰東、謹慎する慶喜を警護にあたる。勝海舟が西郷隆盛との会談に際し、使者として泥舟を選ぶが、主君慶喜の身を案じ、それを辞退し、義弟山岡鉄舟の駿府派遣を提案した。廃藩置県後は、徳川家が静岡に移住するのに従い、地方奉行など勤め、東京に隠棲して書を楽しむなどの余世を送った。幕末三舟の一人と称される。

コンディション他
《翠竹養松之自動》

紙表具で多少のシミなどありますが、このまま掛けて嫌な感じはありませんので、お金を掛けて現代の表具に変えることもないかと思います。
 
長良川画廊 良い掛け軸、古美術作品を販売するためのサイト