A-353 石井柏亭、大町桂月
isii hakutei oomachi keigetsu












- 作家名
- A-353 画 石井柏亭、書 大町桂月
isii hakutei oomachi keigetsu - 作品名
- 金剛山画帖
- 価格
- お買い上げいただきました
- 作品詳細
- 画帖 紙本彩色 石井柏亭箱
作品寸法(見開き寸法)34.5×34p - 作家略歴
- 石井柏亭
明治15年(1882)〜昭和33年(1958)東京に生まれる。本名、満吉。父は日本画家石井鼎湖、弟は彫刻家石井鶴三。共立中学校中退し、大蔵省印刷局に勤務。その間、同僚の石川欽一郎らの影響を受け水彩画を独習、のち浅井忠に師事する。明治34年、印刷局を辞め東京美術学校に入学するが、眼病を患い翌35年退学。同年、太平洋画会展に出品。明治40年、森田恒友、山本鼎らと同人誌『方寸』を創刊。翌41年、木下杢太郎らとパンの会の結成に参加。明治43年から大正元年にかけて渡欧。大正2年、日本水彩画会創立に参加。翌3年、二科会創立に参加。昭和10年、帝展松田改組に際して二科会を辞し帝国美術院会員となる。翌11年、一水会を結成。夏目漱石、与謝野鉄幹、高村光太郎など多くの文学者と交流し文筆にも才能を発揮。北原白秋『邪宗門』の装丁と挿画を担当する。昭和24年、日本芸術院会員。
大町桂月
明治2年(1869)〜大正14年(1925)高知市北門筋に生まれる。本名、芳衛。明治29年、東京帝国大学国文科卒。『文芸倶楽部』『太陽』『中學世界』などに評論や随筆を発表、特に和漢混在の独特な美しい紀行文を書いた。主な著書に詞華集『美文韻文花紅葉』や評論集『文学小観』などがある。 随筆家、評論家、詩人。
- コンディション他
大正 中国見聞録集成 全20巻(ゆまに書房)の内、第13巻 絵の旅−朝鮮支那の巻 [著]石井柏亭と第8巻 満鮮遊記 [著]大町桂月によると、石井柏亭は、大正7年と9年に朝鮮を、大正8年に中国を旅し、朝鮮は金剛山、ソウル、慶州を、中国は上海、無錫、杭州などを廻ったとあり、また、大町桂月は、大正7年、釜山から京城を経て金剛山を越え東北三省を廻ったとあります。この画帖の巻末、柏亭による年紀は大正8年秋の作とあるので、画帖の装丁は大正8年で、その前年、大正7年に大町桂月と石井柏亭は同伴して金剛山に登ったと思われます。金剛山は、太白山脈に属する朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)江原道にあって、古来朝鮮半島では白頭山と並ぶ名山と称され、日本植民地時代は朝鮮半島一の観光地として多くの日本人が訪れたそうです。この画帖は、長安寺、正陽寺、萬瀑洞渓谷、九龍瀑、寒霞渓など金剛山の名勝を石井柏亭が写生し、それに大町桂月が歌や俳句を賛したもので、水彩画家として名高い石井柏亭と紀行文の作家大町桂月による貴重な作品です。
多少装丁に傷みがありますが、本紙のコンディションは良好です。
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