山崎弁栄/長良川画廊
1930年(昭和5)京都に生まれる。1960年(昭和35)京都大学大学院文学研究科博士課程修了し、東洋大学に就職。同大付属東洋学研究所所長などを歴任。2000年(平成12)同学退職。その間、明治大学、上智大学(大学院)、聖アントニオ神学院等の非常勤講師、文部省学位授与機構専門部員(哲学神学部門)、放送大学講師、東西宗教交流学会会長等を歴任。現在、東洋大学名誉教授、宝塚造形芸術大学大学院講師、米国学士院終身特別名誉会員、日本宗教学会名誉会長。比較思想学会、日本ヤスパース協会、日本クザーヌス学会等の理事評議員。空外記念館名誉館長。また、浄土宗の僧侶であり、光明修養会上首である。僧名河波定昌。著書に『大乗仏教思想論攷』『東西宗教哲学論攷』『浄土仏教思想論』『形相と空』『場所論の種々相』など。論文に「visio Deiの諸相」(日本クザーヌス学会)「形相と空(独文)」(ウイーン大学哲学年報)など。宗教哲学者。
1968年(昭和43)新潟に生まれる。慶應義塾大学文学部仏文学科卒。批評家。2007年(平成19)『越知保夫とその時代』で第14回三田文学新人賞受賞。
著書に『井筒俊彦―叡知の哲学』(慶應義塾大学出版会 2011)『神秘の夜の旅』(トランスビュー 2011)がある。また『読むと書く―井筒俊彦エッセイ集』、『小林秀雄―越知保夫全作品』を編集。訳書には、『メディカルハーブ安全性ハンドブック』『ミッチェル・メイ・モデル』がある。
(企業家としての横顔) 1992年(平成4)日本最大のベビー用品総合メーカー、「ピジョン株式会社」に入社。1999年(平成11)ピジョン100%出資の系列会社「ピジョン・クオリティ・オブ・ライフ株式会社」の代表取締役に就任。ハーブサプリメントをシリーズ展開する日本初の企業となる。同じころ、妻惠子が乳がんを患う。仕事の傍ら、妻の治癒を促す製品を探してアメリカ、ヨーロッパ各国を訪ねる。2002年(平成14)「有限会社ディオスコリデス」を起業。シナジーカンパニーの総代理店となる。日本におけるハーブサプリメントの第一人者としてその開発を手がける。2005年(平成17)社名を株式会社「シナジーカンパニージャパン」に変更。シナジーカンパニー唯一の国外法人の代表取締役に就任。2010年(平成22)2月、妻惠子死去。シナジーカタリナ財団の設立とともに、妻の10年の闘病生活と死を通して経験した、生命、健康に関する講演を行っている。
名古屋に生まれる。名古屋大学大学院満期退学。愛知県立大学非常勤講師。浄土宗西山深草派宗学研究員。中世日本文学専攻。名古屋在住。
昭和37(1962)年に生まれる。昭和62(1987)年12月、増上寺にて伝宗伝戒。昭和63(1988)年3月25日、大正大学仏教学部浄土学コース卒業。平成8(1996)年3月迄(昭和60年4月より)、東京都南千住浄閑寺(投げ込み寺)随身。平成9(1997)年3月15日、大本山京都黒谷金戒光明寺修練道場卒業。平成11(1999)年1月3日より愛知県碧南市貞照院勤務。平成16(2004)年10月25日より愛知県碧南市法城寺住職。