井上日召 Inoue Nisshou
明治19年(1886)~昭和42年(1967)
群馬県利根郡川場の開業医井上好人の三男に生まれる。日蓮宗の僧。本名、昭。早稲田大学、東洋協会専門学校(現在の拓殖大学)中退後、明治42年(1909)、満州に渡り、南満州鉄道に入社、陸軍の諜報活動に関わる。大正9年(1920)、帰国。昭和3年(1928)、茨城県大洗町の日蓮宗立正護国堂を拠点に、法華教による国家改革を説く。昭和7年(1932)、政治結社「血盟団」を結成。一人一殺主義を唱え、井上準之助前蔵相、三井合名会社理事長の団琢磨を暗殺を主導(血盟団事件)。昭和9年(1934)、一審判決で無期懲役。昭和15年(1940)、特赦により出獄。昭和16年(1941)、三上卓、四元義隆、菱沼五郎らと「ひもろぎ塾」を設立。近衛文麿に接近する。戦後は公職追放になる。昭和29年(1954)、護国団を結成。昭和31年(1956)、政治活動から引退。
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