1768~1846
岡崎菅生(岡崎市)に生まれる。紺屋を業とするかたわら俳諧に打ち込み、三河俳諧の中心リーダーとなる。その俳諧は松尾芭蕉の流れを汲むもので、多くの支持者を得て三河をはじめ、遠州・駿州にも多くの門人を擁し全国的にも名声を馳せ、天保俳壇の四老人の一人に数えられる。弘化三年に没。
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