金井烏洲Kanai Ujuu

寛政8年(1796)~安政4年(1857)

上野国島村(現在の群馬県伊勢崎市境島村)の豪農に生まれる。名は時敏、泰。字は子修、林学。通称左忠太のち彦兵衛。別号に白沙村翁,雨笠など。はじめ来遊した春木南湖について画を学び、江戸へ出て谷文晁に師事した。また画僧雲室らの小不朽吟社の詩画会にも加わる。頼山陽、梁川星巌、菅井梅関、篠崎小竹らと交流。勤王家として江戸幕府から嫌疑を受け、日光晃山に隠遁する。著書に『無声詩話』『晃山紀勝』など。

金井烏洲 長戸得斎、宗像洋応賛神農図
長戸得斎、宗像洋応賛神農図

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