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B-068 中林竹洞 
nakabayashi chikutou

中林竹洞1
中林竹洞2
中林竹洞4
中林竹洞5
中林竹洞6
中林竹洞7
中林竹洞8中林竹洞9
作家名
B-068 中林竹洞 nakabayashi chikutou
作品名
墨竹図
価格
75.000円
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 象牙軸 石河有リン箱
作品寸法29.4x114.6p
全体寸法47.6x181.5p
作家略歴
中林竹洞
安永5年(1776)〜嘉永6年(1853)

名古屋桑名町に産科医中林玄棟の子として生まれる。幼名大助、字伯明、初号筆樵、又号丈昌。後に字成昌、号竹洞と改める。晩年は沖瞻、又は痴翁といった。他に、東山隠士・東山居士・太原虚庵・泰蔵など。14歳の時、山田雲嶂に、また山本梅逸とともに神谷天遊に学び南画の研究を積む。
享和3年(1803)、 27歳で上京。頼山陽・貫名海屋・浦上春琴などとも親交する。 文化10(1813)年以来『平安人物志』文人画家の部の筆頭に名が連ねられる。山水や四君子の画題を得意とし、中国画を範としながら、独自の高雅な画風を確立する。 著書には『画道金剛杵』『竹洞画論』など。

石河有リン
明治3年(1870)〜昭和27年(1952)名古屋城三之丸に尾張藩国老石河正基の三男として生まれる。初め園田忠監に土佐派を、前田正忠に西洋画を学び、織田杏斎に師事し南北合法を学ぶ。花鳥画に優れる。多くの門人を養成し、名古屋画壇の重鎮として活躍。日本画家。

コンディション他

竹洞という雅号の由来は、息斎(李カン)の墨竹画に大いなる感銘を受けたことに因るといわれます。息斎は、文人画が画壇の中心を占めるようになる中国元代の文人画家で、特に文人が好んで描き、文人の精神性を象徴するとされる墨竹画の名手として知られています。竹洞は中国文人画の伝統を正統に摂取した文人画家であり、特に息斎の墨竹画を範として多くの墨竹画を描いたであろうと想像されますが、息斎の著名な墨竹図(四季平安図)とはまた異質な精神性を、それはやはり、大陸の画家とは違った日本人の文人画の香りを、この墨竹図からも感じることができるのではないかと思います。私は竹洞の描く、細く、すうっと立つ、竹が大好きであります。この墨竹図は、元々相当にコンディションの悪い状態で入手しましたが、現状の一文字はそのまま使い中廻しは現在の緞子に変え、手前味噌ですが、当工房の努力の甲斐あって、気持ちの良い掛け軸に生まれ変わっております。但し、画像でもわかるかと思いますが、本紙は相当なめ(欠損)ておりますので、それはご承知ください。

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