| 作家名 |
D-040 広瀬旭荘 |
| 作品名 |
詠史七絶 |
| 価格 |
28.000円 |
| 作品詳細 |
掛け軸 絹本水墨 合箱 |
| 本紙寸法35.6x114.3p |
| 全体寸法51x194p |
| 作家略歴 |
文化4年(1807)〜文久3年(1863)
豊後国日田郡豆田町(大分県日田市)に生まれる。通称、謙吉。名、謙。字、吉甫。号、初め秋村、後、旭荘、梅とん。 文化14年(1817)、10歳の頃、儒学者であった兄の広瀬淡窓の成章舎で学ぶ。文政6年(1823)福岡の儒医亀井昭陽の亀井塾に入門、都講となるが、文政8年(1925)、郷里に戻り、病床の兄淡窓に替わって淡窓の私塾咸宜園(かんぎえん)経営を助ける。天保7年(1836)、東遊後、大阪堺に塾を開く。以降、江戸に出て一時塾を開くが、大阪に戻り、没するまで大阪を拠点として活動する。著書に、「日間瑣事備忘(録)」(漢文日記)、「
九桂草堂随筆 」など。中国清末の儒者、愈曲園は「東国詩人の冠」と評した。儒者。漢詩人。
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| コンディション他 |
<詠史七絶>
神武開基上継天
尓来径歳近三千
西人未免井蛙見
但詫周家八百年
本紙、濃く見えるのは絹の地色。表具天地の地に強い折れがありますが、他はウブなりにて、全体の感じは悪くありません。
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