B-076 竹富清嘯
taketomi seishuku





- 作家名
- B-076 竹富清嘯 taketomi seishuku
- 作品名
- 寒林孤亭図
- 価格
- 65.000円
- 作品詳細
- 掛け軸 紙本水墨 象牙軸 共箱
作品寸法72.8×33p
全体寸法92.2×179p - 作家略歴
- 竹富清嘯
天保4年(1833)〜明治32年(1899)肥後五木五家荘(熊本県球磨郡五木村)に生まれる。名、祥。字、謙。通称、理三。 初号、嘯山。弘化4年、13歳で浄行寺で書肆を営む豊前屋の丁稚となり、安政5年、25歳で独立結婚をするまで勤める。その間、主人の阿部壺山に絵の手習いを受け、書は薫其昌を手本として学んだ。独立後、豆腐屋や綿打業を営むが長くは続かず廃業、筆墨、書画刀剣の行商に転ずる。明治10年、乃木希典、川上操六らの知遇を得て西南の役戦没者墓碑名を揮毫し、その報酬を元に清国へ約1年間遊歴、清の画家胡公寿に師事する。 帰国後、西日本各地を遊歴し多くの文人墨客と交わる。明治32年、広島で客死。
- コンディション他
この「寒林孤亭図」は明治25年に描かれたものです。時代はもはや近世ではなく、その2年前、明治22年には東京美術学校が開校し、近代日本画の革新へと向かおうとするその時代にあって、この画家はこの古典的な中国南宗画スタイルの絵を描くのです。全国に名を轟かせた画家ではありませんが、恵まれぬ生い立ちから身を起こし、中国文人の生き方を理想とし、自らも文人としてその生涯を生きようとした一人の地方画家の人生の軌跡は、時代遅れの画家といおうとも、苦難の道を、誠実に修練を積み重ねた一生であったことを、この「寒林孤亭図」から十分に窺うことができると私は思います。
堂々とした文人表具、中国南宗画を忠実に学習し再現しようとした画家の想いがひしひしと伝わる、静謐で気品高い佳品です。コンディション良好。
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