G-051 北大路魯山人
Kitaoji Rosanjin

 北大路魯山人 1
 北大路魯山人 2
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 北大路魯山人 5
 北大路魯山人 6
作家名
G-051 北大路魯山人 きたおおじ ろさんじん
作品名
良寛詩二曲屏風
価格
御買上げ頂きました
作品詳細
屏風 紙本水墨
  作品寸法175×25
全体寸法179×39.5㎝
作家略歴

北大路魯山人
明治16年(1883)~昭和34年(1959)

上賀茂神社の社家北大路清操、登女の次男として生まれる。本名、房次郎。別号、海砂、可逸、鴨亭、大観、魯卿、無境、夢境など。父の自殺(出生前)、母の失踪、養子先の養父の失踪、養母の死、義姉の母からの激しい虐待など、不幸な幼年期を送る。明治22年(1889)6歳で竹屋町の木版師福田武造の養子となる。養父の木版の手伝いをする傍ら書画を学び始める。20歳の時に上京、明治37年(1904)、日本美術協会主催の美術展覧会に出品した「千字文」が褒状一等二席を受賞する。この頃実母と再会する。明治38年(1905)、書家岡本可亭(岡本一平の父)の内弟子となりその後3年間住み込む。明治43年(1910)、朝鮮に渡り、朝鮮総督府京龍印刷局に書記として年ほど勤める。その間、上海で呉昌碩に会う。大正元年(1912)、夏に帰国。その半年後、長浜の素封家河路豊吉に食客として招かれ、書や篆刻の制作をする。大正4年(1915)、初めて作陶を体験。食客として京都、金沢などに逗留、各地で料理の研究をするなかで、「料理の着物」として焼きものへの関心を高める。大正14年(1925)、東京赤坂山王台に同郷の中村竹四郎と会員制の高級料亭星岡茶寮を開設。大正16年(1927)、北鎌倉に星岡窯と住居を建設。昭和11年(1936)以降は作陶に専心し、志野、織部、信楽、唐津など様々な古陶を再現した。

コンディション他

〈茫々嘯〉
独倚孤松立 独(ひとり)孤松に倚って立ち
偶爾復移時 偶爾復(ぐじまた)時を移す
茫々満天下 茫々たり満天の下(もと)
與誰共同帰 誰れと共にか帰を同じくせん
良寛詩 無境 

一人孤松に寄って立ち、思いがけず時が過ぎる。
この広大な世界を、誰が共に帰ったものであろうか。

美品です。

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