南條文雄 Nanjo Bunyu
嘉永2年(1849)~ 昭和2年(1927)
美濃国大垣船町(大垣市)の誓運寺に生まれる。父は誓運寺13世溪毛芥。幼名は格丸、格順、僧恪。号に碩果、松坡、小老南。幼少期より寺内の私塾「芥子塾」で父溪毛芥から、また大垣藩儒菱田海鷗から詩文を学ぶ。慶応2年(1866)、大垣藩僧兵隊(紹隆兵)に入隊し、大垣藩督学野村藤陰に漢学を学ぶ機会を得、また池田郡本郷村光慶寺(岐阜県揖斐郡池田町)の広瀬淡窓門人稲葉道貫に仏教学を学ぶ。明治元年(1868)4月、京都東本願寺高倉学寮(大谷大学の前身)に入学。同年、擬寮司(真宗で用いられた擬寮司から寮司、擬講、嗣講、講師と進む憎侶の学識を示す階次)に進む。明治2年(1869)7月、帰省を機会に高倉学寮には戻らず、明治4年(1871)、越前国(福井県)南條郡北杣山村金粕の憶念寺住職南條神興の養子となり越前に赴くまでの2年間、郷里大垣で野村藤陰に教えを受けながら誓運寺の学舎芥子閣に通う子弟に漢学や仏教を教える。明治4年(1871)3月、京都本山にて得度。得度後即日、護法場(仏教以外の学問を研究、教育する場として1868年に高倉学寮内に設置される。)に入る。以後文雄と改名する。同年6月、寮司に進む。明治5年(1872)6月、越中国(富山県)恵林寺恵寿の子、笠原研寿と出会う。明治9年(1876)6月、梵語研究のため本山より笠原研寿とともにイギリスに派遣される。(これは、その前年、第22代法主となる現如上人が欧州を視察して梵語研究の必要を感じ発案されたことによる。)南條文雄のイギリス滞在は明治17年(1884)5月に帰国するまでの8年に及び、その間オックスフォード大学のマックス・ミュラー博士のもとで近代的、体系的な仏教研究の手法を学び、「無量寿経」「阿弥陀経」「金剛教」「金剛般若教」「般若心経」「尊勝陀羅尼」などの梵文写本の謄写や訳読、漢訳写本の英訳、梵文写本と漢訳写本の対校等の研究に没頭し、明治16年(1883)、漢訳仏典の目録「大明三蔵聖教目録」をオックスフォード大学から英文で出版、翌明治17年(1884)、それによりオックスフォード大学からマスター・オブ・アーツの称号を授与される。明治17年(1883)、東京大谷教校教授に就任。また同年、東京帝国大学文科大学で梵語学の講師を嘱託される。明治20年(1887)、インド、中国仏跡巡拝。同年5月、養父南條神興病臥の報に急遽帰国。同年6月、神興没。憶念寺住職を継ぐ。明治21年(1888)、名古屋市東本願寺別院内普通学校長兼教授に就任。清沢満之らと教壇に立ち、隔月で岐阜別院と岡崎の三河教校に赴き仏教を講じる。(三河教校からは、石川成章、大渓専、和田鼎、佐々木月樵、山田文昭、船橋水哉らを輩出する。)同年、文部省より文学博士の学位授与。明治23年(1890)1月、東京の華族女学校(現在の学習院女子高等科・当時の学監は下田歌子)の嘱託として英語を教授。同年、本山より特派伝諭使を命じられ北海道を教化巡回する。明治24年(1891)、濃尾地震によって生家誓運寺の経蔵と庫裡が倒壊。明治25年(1892)、峰孟親の長女と結婚。明治33年(1900)、仏骨奉迎(1898年、北インドピプラーワーで釈尊の骨(仏骨)が入った骨壺が英国人ウィリアム・ペッペによって発掘され、インド政府はその仏骨を仏教国タイに贈る。その一部が当時のタイ国王チュラロンコン皇帝より日本に贈られることになる。)の随行員として大谷光演、日置黙仙らとシャム(タイ)に赴く。明治34年(1901)、東京巣鴨に移転開校した真宗大学教授に就任。明治35年(1902)、仏領トンキン(ハノイ)で開催された万国東洋学士会議に出席。明治36年(1903)、清沢満之の後任として真宗大学学監に就任。明治39年(1906)、帝国学士院会員となる。明治40年(1907)、真宗大谷派最高学位である「講師」となる。明治43年(1910)、実父溪毛芥の詩文を編集し「毛芥遺稿」を刊行。大正元年(1912)、オランダの仏教学者ヘンドリク・ケルンとの共同校訂により「梵文法華経」(前5巻)がロシアのサンクトペテルブルクで完結刊行される。大正2年(1913)、真宗大学と高倉大学寮を併合した真宗大谷大学(大谷大学)が京都上賀茂小山上総町に開設され、翌大正3年(1913)、同学学長に就任。大正12年(1923)9月、関東大震災により東京麹町の自宅、書庫が全焼。同年10月、真宗大谷大学学長を辞し、真宗大谷大学名誉教授となる。昭和2年(1927)11月9日78歳、東京にて遷化。平成21年(2009)、大谷大学博物館で「南條文雄と近代仏教学」開催される。前出他著書に「報恩講式歎徳文講義」「仏教通俗講義梵文阿弥陀経」「仏説無量寿経梵文和訳(支那5訳対照)・仏説阿弥陀経梵文和訳(支那2訳対照)」「仏教通俗講義梵文阿弥陀経」「大無量寿経講判」「通俗仏教講話」「梵文金剛講義」「梵文入楞伽経(校訂本)」「通俗仏教講話」「仏教より観たる人の一生」「仏教人生観」「忘己録」「人道」「碩果詩草」「懐旧録」他、「南条先生遺芳(南条先生遺芳刊行会編)」「溪毛芥 南條文雄父子展(大垣市文化会館/編)」「南条先生(南条先生頌徳記念会/編)」「南條文雄著作集(全10巻)」がある。
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