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長良川画廊ホームページをご覧いただき有り難うございます。


 日本のほぼ真ん中に位置する岐阜県岐阜市。そこに長良川画廊は開業して今年で20年になります。
 かつて岐阜は、天下取りの要所として、斎藤道三、織田信長の活躍した戦国の時代から商業の発達した城下町でした。徳川の時代になり、岐阜城は廃城となって尾張藩の支配に変わりますが、長良川上流から産出される木材、美濃和紙、関の刃物などの集積地として、また、現在の岐阜駅の南側、加納町には、中山道の宿場を兼ねる加納城が築かれ、西美濃の産業の中心として発展してきました。
 わたしの少年の頃、母や祖母が着飾って買い物といえば、柳ヶ瀬ブルースで有名になった岐阜一の繁華街柳ヶ瀬に行くことでした。当時の柳ヶ瀬は、日曜日となると人の頭しか見えないほどの賑わいでした。それがいつ頃からでしょうか、たぶん郊外型スーパーが建ち始めた昭和50年代頃からその賑わいも次第に失われていきます。それは同時に、戦後の岐阜経済を支えてきた最大の地場産業である繊維産業の衰退とも重なります。そして、現在の状況といえば、柳ヶ瀬商店街も、長良川画廊のある岐阜のメイン通り「長良橋通り」も、老舗の百貨店が閉店し、全国ブランドの路面店は撤退し、新しく建つのは高層マンションと予備校ばかり。あとは、空店舗や貸事務所の看板の張られた老朽化したビルと、決まった時間にシャッターを開け、決まった時間にシャッターを閉めるだけが仕事のような昔ながらの個人商店がぽつりぽつりと。要するに日本のどこの地方都市にも見られるような典型的な地方都市空洞化です。岐阜は今や産業構造的には、完全に電車で20分の名古屋大都市圏に呑み込まれているということであり、それは、400年以上続いた地方産業都市としての産業構造の崩壊と言っても過言ではないでしょう。そして今後、地方都市およびその郡部の人とお金が、空洞化した地方都市を素通りして、中核都市に流れる構造(ストロー化現象)がさらに顕在化すると思います。
 さて、そんな状況、そんな認識のうえで、長良川画廊は老朽化した三階建てのビルを借りて商売を続けております。長良川画廊としては今後どうしていくかですが、当面はここで頑張っていくしかないというのが、先ずは突きつけられた現実です。幸い、少しずつホームページでの売り上げが増加しておりますので、今後もホームページを最大限に利用して、長良川画廊の特色を、また魅力を発信していきたいと考えております。



 これまで、多くの方にホームページを通じてお買い頂き感謝の気持ちで一杯ですが、そのほとんどの方とは、メールだけの簡単なやり取りで、十分なお礼も申し上げられず大変心苦しく思っております。もし岐阜方面に御出の際は是非お寄りいただいて、何分不在の時が多いので実行が伴いませんが、生まれてこのかた岐阜を出て暮らしたことのないわたしですので、岐阜の観光案内などは喜んでさせて頂きます。どうぞその際はお気軽にお声をお掛け下さい。
 わたしは、自分で商売をする、商売を始める、ということの一番の魅力は何かと言えば、自分で考え、自分で作って行けるということではないかと思います。苦労はあっても、少しずつ自分の力で積み上げていく。人まねでは面白さ半減です。ということで、このホームページも拙い自家製ですが、ホームページであっても、大事なことはあくまでも商品の質と真心ということで、こつこつやっていけるならばそれでよいと考えております。今後とも長良川画廊の応援をこころよりお願い申し上げる次第です。

平成20年吉日
長良川画廊店主