D-588 西郷隆盛
Saigou Takamori

学びのこころ掲載作品

 「西郷隆盛とは何者か。私は知らぬ。知ってゐることは、たゞ、この巨眼巨軀の人物が、東洋的性格の典型であり、もっとも日本人らしい日本人であるといふ世の定説のみである。」(『西郷隆盛』徳間書店)とは、林房雄の言葉である。
 「明治維新を成し遂げた第一の功労者」でありながら、日本最後の内戦西南戦争を賊軍の大将として戦い征討され自刃した西郷隆盛。史学者は、征韓論の真意を探り、西郷隆盛が近代史にどのような役割を果たしたかを位置づけようとするであろう。しかし、釈迦を実在の人物として捉えることと同じく、いくら史実に眼を凝らしても、西郷隆盛を「わかった」ということにはならない。
 三島由紀夫は『銅像との対話―西郷隆盛』(昭和43年/産経新聞)という散文で、「恥ずかしいことですが、実は私は最近まで、あなたがなぜそんなに人気があり、なぜそんなに偉いのか、よくわからなかったのです。(中略)しかし、あなたの心の美しさが、夜明けの光のやうに、私の中ではつきりしてくる時が来ました。」と告白し、次のように結んでいる。
 「三島君。おいどんはそんな偉物(えらぶつ)ではごわせん。人並みの人間でごわす。敬天愛人は凡人の道でごわす。あんたにもそれがわかりかけてきたのではごわせんか?」

 西郷隆盛の死を悼む多くの人たちが、夜空に輝く火星を西郷星とよび、西郷どんは星の中にいて生きていると信じた。あるいは信じようとした。また、西郷どんは大陸に渡って生きており、ロシア皇太子を伴って帰ってくるという噂も巷間に流布した。史学者はそれを一笑に付すであろう。しかし、どんな精緻な文献学であっても、それを信じるからこそ成り立つのである。
 私たちが歴史というものを考えるとき、あるいは歴史の精神なるものを考えるとき、それをわかるというには、人間はあまりに小さく、歴史はあまりに大きい。しかし、西郷どんは死しても人のこころに生きている。それも歴史の真実である。と信ずれば、それは歴史というものを作っている一つの真実ではないか。

 この西郷隆盛自筆の詩書「感懐」と「奉寄」は、西郷隆盛が幼い頃からの盟友吉井友実に託した西郷隆盛遺墨の中でも至極の名品である。

 西郷隆盛 1
 西郷隆盛 2
 西郷隆盛 3
 西郷隆盛 4
 西郷隆盛 5
 西郷隆盛 6
 西郷隆盛 7 西郷隆盛 8 西郷隆盛 9 西郷隆盛 10
 西郷隆盛 6 西郷隆盛 7 西郷隆盛 8 西郷隆盛 9
 西郷隆盛 10
 西郷隆盛 1 西郷隆盛 3
作家名
D-588 西郷隆盛さいごう たかもり
作品名
詩書 / 感懐、奉寄
価格
4,500,000円(税込)
作品詳細
掛け軸 紙本水墨 金襴緞子裂
吉井勇識箱並びに山口竹渓識箱
  並びに宮島誠一郎詩書と識語一幅 西郷南洲顕彰会鑑定書
二重箱入 吉井友実旧蔵品
西郷隆盛(二幅) 本紙寸法84×31
全体寸法(胴幅)116×161㎝ 宮島誠一郎 本紙寸法98.9 ×32
全体寸法(胴幅)115.8×161㎝
作家略歴

西郷隆盛
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吉井勇
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宮島誠一郎
天保9年(1838)~明治44年(1911)

米沢藩士宮嶋一郎左衛門吉利の長男。幼名、熊蔵。号、栗香、養浩堂など。次男に宮嶋大八(詠士)。幼年より勉学に優れ、4歳で唐詩を暗唱し、14歳の時、藩主上杉斉憲の前で史記を読んだという。藩校輿譲館で学ぶ。戊辰戦争では、米沢藩副使として官軍との戦闘に反対し、和平工作に奔走する。維新後は、新政府に出仕し、左院、修史館、参事院、宮内省に奉職。左院少議官時代には、薩摩藩出身の伊地知正治の下で「立国憲議」「国憲編纂起源」を提出、自由民権運動に先駆けて憲法制定、議会開設の建白を行う。明治12年(1879)、内務卿大久保利通と清国公債何如埠によって設立されたアジア主義団「振亜会」(翌年「興亜会」と改称)の中心人物として活動し、中国語教育を目的とする「興亜学校」を設立、次男詠士もそこに学び、その精神は詠士が設立した「善隣書院」に引き継がれた。明治29年(1896)、貴族院議員。

吉井友実
文政11年(1828)~明治24年(1891)

薩摩藩士吉井友昌の長男。孫に歌人吉井勇。通称は幸輔。幼年より、西郷隆盛、大久保利通と親しく交わる。安政3年(1856)、大坂藩邸留守居役となり、諸藩の尊皇家と交流。文久元年(1861)、大目付役に就任。西郷、大久保らと藩政をリードし、尊王討幕運動を推進した。元治元年(1864)、沖永良部島に流されていた西郷の復帰を嘆願し、その召還使として渡島している。維新後は、参与や元老院議官、工部大輔、日本鉄道社長などの要職を歴任。明治6年(1873年)の政変(征韓論)では、大久保に協力した。

コンディション他

感懐
独不適時情  独り時情に適さず。
豈聴歓笑声  あに笑声を歓びて聴かんや。
雪羞論戦略  羞を雪がんとして戦略を論じ、
忘義唱和平  義を忘れて和平を唱う。
秦檜多遺類  秦檜に遺類多く、
武公難再生  武公は再生し難し。
正邪今那定  正邪、今那んぞ定めん。
後世必知清  後世、必ず清きを知らん。
   南洲拝 伏して慈斧を乞う。南洲拝
 伏乞
慈斧

(訳文)
感懐
自分は今の時代の気分にあっていないようだ。
どうして明治維新の笑い声、よろこんで聞いていられよう。
私怨をはらすためだけに戦争を企てたり、
正義を忘れて、一時の和平に走ったりする者ばかりだ。
北宋の秦檜のような国賊ばかりが多く、
岳飛のような救国の英雄が再び世に現れることは少ない。
何が正義で何が邪道かを今定めることができようか。
後世にいたって、何が清廉なものであったかがわかろう。
伏して御斧正を乞います。南洲拝

奉寄
友実雅兄 友実雅兄に寄せ奉る。
如今常守古之愚  今の如く常に古の愚を守らば
転覚交情世倍殊  転(うた)た覚ゆ、交情の倍(ますます)殊なるを。
規誨自然生戯虚 規誨は自然に戯虚を生じ、
杯樽随意極歓娯 杯樽は随意に歓娯を極む。
同胞固慕藍田約  同胞は固く藍田の約を慕い、
談笑尤非竹林徒 談笑するも尤も竹林の徒に非ず。
此会由来与執倶 此会、由来執かと倶にせん。
願令衰老出塵区 願くは衰老をして塵区を出しめんことを。
    南洲拝  伏して慈斧を乞う。南洲拝。
 伏乞
慈斧

(訳文)
友実雅兄に奉ります。
今のようにいつも古の愚を守っていると、
ますます我々の交情が他とは殊なることを感じます。
まじめな言葉が自然に戯れを生じ、
酒の杯と樽は、思うままに歓びと娯しみを極めます。
兄弟は固く、藍田の約束(すぐれた家にすぐれた人が生じる)を信じ、
談笑はするが、決してただ(清談を楽しんだだけの)竹林の七賢ではない。
こうした会合はこれからいったい誰と共にできようか。
願くは(わたしのような)衰老を、俗世間から脱出させていただきたい。
伏して御斧正を乞います。南洲拝。

宮島誠一郎詩書と識語

一日訪友人吉井三峰、几上有  一日、友人吉井三峰を訪うに、几上に詩一篇有り。
詩一篇、問之則、西郷南洲所 これを問うに則ち、西郷南洲の曽て寄する所也。
曽寄也。余読之深感其高尚 余、これを読みて深く其の高尚の志に感じ、
之志、因和其韻、寄之南洲併 因りて其の韻に和し、これを南洲に寄せ、併せて
敬契濶之情云、 契濶の情を敬いて云わく、

欽君高踏出塵区 君の高踏にして塵区を出るを欽ろこぶ。
去就綽然如古愚 去就は綽然として古愚の如し。
百代功名凌宇宙 百代の功名は宇宙を凌ぎ、
一時豪傑尽門徒 一時の豪傑は門徒を尽くす。
南洲吟月多佳詠 南洲は月を吟じて佳詠多し。
西谷耕雲儘自娯 西谷は耕雲して自娯を儘す。
若使此心長愛国 若し此の心をして長く国を愛せしめば、
江湖何与廟堂殊 江湖、何れか廟堂と殊ならん。

右一篇丙子九月所寄南洲之作也。 右一篇、明治九年丙子九月、南洲之作に寄せる也。
今読之不堪感慨、俯仰書以 今これを読むに感慨に堪えず、俯仰して書きて
応吉井盟兄需、明治戊寅三月、 以って吉井盟兄の需めに応ず。
       栗香宮島誠拝 明治十一年戊寅三月、栗香宮島誠一郎拝

(訳文) ある日、友人の吉井友実(号は三峰)を訪問すると、机の上に詩一篇があった。
これを尋ねると、西郷隆盛(号は南洲)がかつて寄せたものであった。
わたしはこれを読んで、深く南洲の高尚の志に感じいった。
よってその韻に和して、これを南洲に寄せ、あわせて契濶(無沙汰)の情を述べる。

あなたが高踏にして俗塵を出ることをよろこびます。
その去就はゆったりとして古愚のようです。
あなたの百代の功名は宇宙を凌ぐもので、
当時の豪傑はみなその門徒となったものです。
南洲(西郷隆盛)は月を詠じて佳詠が多った。
西谷(?)は畑を耕してして自らの娯しみをつくした。
この心で長く国を愛しているのならば、
在野にいても朝廷にいても、異なることがあろうか。

右一篇は丙子(明治9年)九月に西郷南洲の漢詩に寄せたものである。
(西南戦争を経て、西郷亡き)今、これを読み返すと感慨に堪えない。
うつむいたり仰向いたりして書いて吉井盟兄の求めに応じた。
明治戊寅(明治11年)三月、栗香宮島誠一郎拝

(木箱蓋裏墨書)
此書原横巻、係吉井伯爵家秘蔵、数年前有故帰余手。
今茲昭和己卯改装、為竪幅三幀。竹渓識。良正書。

此の書は原と横巻にして、吉井伯爵家の秘蔵に係る。数年前に故有りて余の手に帰す。
今茲に昭和十四年己卯に改装し、竪幅三幀となす。竹渓識。良正書。

この書は元は横巻であって、吉井伯爵家の秘蔵品であった。数年前にゆえあってわたしの手に帰した。今昭和十四年己卯に改装して、竪幅三幀とした。山口竹渓識。良正書。

【作品解説】
 西郷隆盛の漢詩五言律詩一首と七言律詩一首の二首をそれぞれ書した二幅に加えて、明治9年に西郷の詩に寄せた宮島誠一郎(号は栗香)の七言律詩と、明治十一年の同人の識語がある。
 西郷の漢詩は、薩摩藩士で西郷の盟友であった吉井友実(号は三峰)に与えたものである。付属する宮島誠一郎(号は栗香)の漢詩並びに識語も興味深い。宮島は西南戦争の前年にこの西郷の漢詩を目にして、西郷の平穏な在野生活を喜んでいたが、その翌年事態は急変して西郷は自尽する。西郷の死後、再びこの漢詩を目にした宮島の感慨は想像に余りある。西郷・吉井・宮島という、まさに明治維新の当事者たちの心の交流を記録した貴重な、西郷遺墨のなかでも至極の名品中の名品と言えよう。
 ちなみに宮島誠一郎は書家宮島大八(号は詠士)の父である。箱書きの竹渓とは、維新資料の収集で知られる山口竹渓であろう。昭和十四年に元は巻子本であった本幅を裁断して、縦幅三幅に装丁したことを述べている。

後記
 三島由紀夫の『銅像との対話―西郷隆盛』は三島が自刃する二年半ほど前に刊行されたものです。これは著作権切れしているので全文を紹介しますが、三島由紀夫の歴史観が垣間見れるし、また自刃したグロテスクな三島ではない三島が窺えて面白いと思う。また、芥川龍之介に『西郷隆盛』という散文のような短い小説があります。これも歴史というものを考えるうえで面白い。これは青空文庫で読めます。また、全集でしか読めませんが、小林秀雄の『林房雄の「西郷隆盛」其他』も、小林秀雄の基本的な歴史観がよく現れた批評文です。私は、今回の「学びのこころ」の序文で歴史学の立場を批判的に書きましたが、彼らの客観的な実証的精神と不断の努力の積み重ねを軽視するつもりは全くありません。
 むしろ、司馬遼太郎の歴史小説だけをとって歴史を感じることは、浅はかなことだと思います。私はこう思います。歴史を知ろうとすることも、人間を知ろうとすることも同じです。なぜなら人間は歴史を生きてきたからです。と同じく、人間が歴史を作ってきたのではなく、歴史が人間を作ってきたのです。三島に聞こえた「敬天愛人は凡人の道」は、西郷どんがまさにそのことを教えてくれているのだと思います。  歴史学も文学も哲学も、西郷どんの言葉を聞くための一つの道にすぎない。歴史を知ろうとするには、誰しもがそういう謙虚さが必要ではないかと思います。

銅像との対話―西郷隆盛 三島由紀夫

 西郷さん。
 明治の政治家で、今もなほ「さん」づけで呼ばれてゐる人は、貴方(あなた)一人です。その時代に時めいた権力主義者たちは、同時代人からは畏敬の目で見られたかもしれないが、後代の人たちから何らなつかしく敬慕されることがありません。あなたは賊として死んだが、すべての日本人は、あなたをもつとも代表的な日本人として見てゐます。
 恥ずかしいことですが、実は私は最近まで、あなたがなぜそんなに人気があり、なぜそんなに偉いのか、よくわからなかったのです。第一誰にも親しまれてゐるこの銅像すら、私にはどうにもカッコイイものとは見えず、お相力(すもう)さんにグロテスクなのもしか感じない私ですから、こんな五等身や、非ギリシャ的肉体は、どう見ても美しく感じられなかったのです。これもまた日本人の肉体音痴の一例だろうと、もっぱらボディ・ビルダーの見地から、首をひねってゐたわけであります。
 私には、あなたの心の美しさの性質がわからなかつたのです。それは私が、人間といふ観念ばかりにとらはれて、日本人といふ具体的問題に取り組んでゐなかったためだと思はれます。私はあなたの心に、茫漠たる半理性的なものばかり想像して、それが偉人の条件だと考へる日本人一般の世評に、俗臭をかぎつけてゐたのです。
 しかし、あなたの心の美しさが、夜明けの光のやうに、私の中ではつきりしてくる時が来ました。時代といふよりも、年齢のせゐかもしれません。とはいえそれは、日本人の中にひそむもつとも危険な要素と結びついた美しさです。この美しさをみとめるとき、われわれは否応なしに、ヨーロッパ的知性を否定せざるをえないでせう。
 あなたは涙を知つてをり、力をしつてをり、力の空しさを知つており、理想の脆(もろ)さを知つてゐました。それから、責任とは何か、人の信にこたへるとは何か、といふことを知つてゐました。知つてゐて、行ひました。
 この銅像の持つてゐる或るユーモラスなものは、あなたの悲劇の巨大を逆に証明するやうな気がします。 ・・・・・・・・・。
三島君。
おいどんはそんな偉物(えらぶつ)ではごわせん。人並みの人間でごわす。敬天愛人は凡人の道でごわす。あんたにもそれがわかりかけてきたのではごわせんか?

(三島由紀夫『銅像との対話―西郷隆盛』(初出・昭和43年4月23日/産経新聞夕刊)初刊・昭和46年5月/『蘭陵王』新潮社)

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