川上不白
享保元年(1716)~文化4年(1807)
紀州新宮藩付家老水野家の家臣。名、尭達、新柳。別号、宗雪、孤峰、黙雷庵。 川上五郎作の次男として生まれる。16歳の時、水野家茶頭職になるたに表千家七世如心斎天然宗左の内弟子となる。延享2年(1745)、如心斎より茶湯正脈が授与され、寛延3年(1750)、真台子が伝授される。師命を受け、江戸に千家の茶を広め、その門流は江戸千家とよばれた。
【原文】
七五三人え美しき
品并御肴被罷下、
忝奉存候。誠御余情
不浅次第奉存候。親も
大悦、猶又私より宜敷
申上度段申候。何とそ
隙して、近日御礼可
述上候。以上。
十一月五日 不白。
趣花亭主人
【訳文】
七五三の人へ素晴らしい御品とお肴を下され、かたじけなく存じます。
誠に御趣向あさからず存じます。親も大変喜んでおり、なお又、私より
よろしく申し上げるよう申しておりました。何とか時間をつくって、
近日御礼を申し上げようと存じます。以上。
十一月五日 不白。
趣花亭主人(未詳)
本紙、ウブなり、多少小折れあり。