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近代文学、哲学
C-136 室生犀星

C-136 室生犀星
Murou Saisei

 室生犀星 1
 室生犀星 5
作家名
C-136 室生犀星 むろう さいせい
作品名
俳句
価格
85,000円(税込)
作品詳細
額装 紙本水墨
本紙寸法16×23.5
全体寸法38.8×47.9 ㎝
作家略歴

室生犀星
明治22年(1889)~昭和37年(1962)

金沢に生まれる。父は旧加賀藩足軽組頭、小畠弥左衛門吉種。生後まもなく雨宝院住職室生真乗の内縁の妻赤井ハツに引き取られ、照道と名付けられる。明治29年(1896)7歳、室生真乗の養嗣子となり、室生姓を名乗る。明治35年(1902)13歳、長町高等小学校を中退し、金沢区裁判所に給仕として勤める。明治39年(1906)17歳「政教新聞」に掲載された詩で、初めて犀星の名を使う。大正2年(1913)24歳 、北原白秋の主宰する詩誌『朱欒(ザンボア)』に詩が連続掲載され、同誌を見た萩原朔太郎より手紙をもらう。以来親交を結ぶ。大正3年(1914)25歳、 萩原朔太郎、山村暮鳥と「人魚詩社」創立。大正7年(1918年)29歳、浅川とみ子と結婚。『抒情小曲集』を出版。大正8年(1919)30歳 、「中央公論」に初めての小説「幼年時代」を発表。続けて『性に眼覚める頃』、『或る少女の死まで』を同誌に発表する。昭和4年(1928)39歳、初めての句集『魚眠洞発句集』を刊行。昭和10年(1935)46歳、『あにいもうと』、第1回文芸懇話会賞受賞。昭和23年(1948)59歳、日本芸術院会員となる。昭和31年(1956)67歳、『杏っ子』、第9回読売文学賞を受賞。平成14年(2002)、室生犀星記念館開館。

コンディション他

《七日あまり鶯なきて春立ちぬ》

額に若干傷みあり。