序詞
享保のことし丁未の春三越路の行脚をすゝめて合羽にわらちの足をかため蒲團に木まくらの耳をこらさんと獅子庵の茶漬に首途を祝ふは黄鸝園のあるし里紅なりけりむかし我師の東くたりに祖父翁の旅の具とて碁笥椀といふ物をはなむけにして「此心推せよ花に五器一具」とは西行上人の心をつたへて世の人よかれ我乞食せむとよめる風雅のさひをさとせしのみならて其師のその弟子にをしふる實情なり志かれは蓮二もそのあとを師として今はた此節の鬂の油を洗ひ笠一かいの旅姿となし百尺の崖よりつきはなして絶後の鼻息を心みむと思へと旅にやむ日のふり薬をとゝなへ山に寐る夜の□粉を喰ならへと老婆の親切にあまへたらん勸善はよし釈迦孔子にまさるとも懲悪は祖翁の片睨にも及さらん是たゝ師道の減する所なから秋はかへる山の錦ならても白河の紅葉に色くろみてまめなる顔を見はやと思ふはさもあれ師弟の仁心なからんかも
餅喰はぬ旅人はなし桃の花
蓮二房仙石廬元坊著「桃の首途」(享保13年)の各務支考による序詞
本紙、全体に経年の折れあり。