122.丹羽長春 白玉 色紙 額装 共タトウ
紙本彩色23.5×26.5
123.丹羽長春 薊 色紙 額装 共タトウ
紙本彩色23.5×26.5
◆丹羽長春・1926~2000 羽島市に生まれる。昭和23年、青龍社初入選。主に青龍展、日府展で活動。平成6年に創日会を設立。日府展副理事長、岐阜県日本画協会の会長を歴任。日本画家。平成12年に没。
124.野原桜州 月下秋草と蜻蛉図 合箱
絹本水墨40.3×110
125.野原桜州 薔薇瓶図 共箱
絹本彩色25×128
126.野原桜州 富士図 紙箱
紙本水墨26×129
◆野原桜州・1886~1933 揖斐川町三輪に金物屋「江戸屋」を営む野原佐助の長男として生まれる。本名安司。明治38年、東京美術学校に入学し首席で卒業する。寺崎広業に師事。大正5年、第10回文展に初入選。薔薇の桜州として知られる。昭和8年に没。
127.前田青邨 椎茸図 合箱
紙本淡彩41.5×29.5
128.前田青邨 駒ヶ岳図 素描 額装
紙本水墨33.5×23.5
◆前田青邨・1885~1977 岐阜県中津川村(中津川市)に生まれる。本名、廉造。梶田半古に師事。明治35年、第12回日本絵画協会・日本美術院連合共進会「金子家忠」が3等褒状。大正7年、日本美術院評議員に推挙。大正11年、日本美術院留学生として小林古径と渡欧、ローマ・フィレンツェ・パリに滞在。昭和30年、文化勲章受章。昭和42年、法隆寺金堂壁画再現のため、総監修に安田靫彦と就任。昭 和47年、高松塚古墳壁画模写。中津川市名誉市民。大和絵を継承する近代日本画の巨匠。昭和52年に没。
129.川合玉堂 和歌二行書 合箱
紙本淡彩28.8×128
130.川合玉堂 峠の夕 共箱
紙本水墨52.1×37.3
131.川合玉堂 湖山雨後 共箱
紙本水墨58.4×41.3
◆川合玉堂・1873~1957 愛知県葉栗郡外割田村(木曽川町)に生まれる。本名芳三郎。明治14年、一家で岐阜市米屋町に移住する。明治20年、年に数回、京都に通い、望月玉泉に指導を受け、玉舟の号をもらう。明治23年秋、画家になる決意を固め上洛、幸野楳嶺に入門する。この年、玉堂に改める。楳嶺の死後上京、橋本雅邦に入門する。明治31年、雅邦とともに日本美術院創設に参加。大正4年、東京美術学校教授。昭和19年、東京都下御岳に疎開し、居を「偶庵」と称した。昭和15年、文化勲章受章。近代日本画の巨匠。昭和34年に没。
132.加藤東一 女人 素描 パステル・鉛筆
額装 土屋禮一シール
紙本23.5×35.5
133.加藤東一 女人 パステル 額装
土屋禮一シール
紙本彩色37×50
134.加藤東一 鵜飼 パステル 額装
土屋禮一シール
紙本彩色49.5×39.5
135.加藤東一 雨に烟る(鵜飼)パステル
額装 土屋禮一シール
紙本彩色35.5×45.8
◆加藤東一・1916~1996 岐阜市美殿町で生まれる。昭和22年、東京美術学校日本画科卒業。山口蓮春に師事。同年、第3回日展に「白暮」を初出品、初入選。昭和27年、第8回日展「草原」で特選受賞。昭和52年、「女人」により日本芸術院賞受賞。昭和59年、日本 芸術院会員。平成元年、日展理事長。平成3年、岐阜市に「加藤栄三・東一記念館」開館。平成7年、文化功労者。日本画家。岐阜市名誉市 民。藤沢市名誉市民。日本画家。平成8年に没。
136.加藤栄三 船ばたの鵜 額装
加藤東一シール
紙本淡彩31×41
◆加藤栄三・1906~1972 岐阜市美殿町で生まれる。大正12年、岐阜商業学校卒業。昭和6年、東京美術学校日本画科卒業。昭和4年、第10回帝展で「夏日小景」が初出品、初入選。昭和14年、第3回新文展「月夜」で特選。昭和23年、「創造美術」の創立に参加。昭和27年、日展審査員。昭和34年、第1回新日展出品作「空」で日本芸術院賞受賞。昭和44年、日展理事。平成5年、山種美術館で「加 藤栄三展」開催。日本画家。昭和47年に没。
137.大矢峻嶺 紅葉に小禽図 合箱
絹本彩色51.3×42.
138.大矢峻嶺 菊図 合箱
紙本淡彩45.5×34.2
139.大矢峻嶺 紅梅に小禽図 合箱
絹本彩色52.4×46
140.大矢峻嶺 富貴 共箱
絹本彩色57×48
141.大矢峻嶺 鮎図 色紙 額装
紙本淡彩23.5×26.5
142.大矢峻嶺 雀図 色紙 額装
紙本淡彩23.5×26.5
◆大矢峻嶺・1892~1967 加茂郡伊深村(美濃加茂市)に生まれる。本名、貫一。明治44年、京都に出て三木翠山に入門。のち翠山の勧めで竹内栖鳳門下となる。大正8年、第1回帝展に初入選。以後、主に帝展で活躍。日本画家。昭和42年に没。