143.堀暁中 高砂図 合箱
紙本淡彩47.2×128
◆堀暁中・1875~1932 岐阜市に生まれる。初め佐脇波登麿に学ぶ。さらに名古屋の木村金秋に土佐派を学ぶ。昭和7年に没。
144.池田虹影 紅梅と小禽図 合箱
絹本彩色41.8×130
145.池田虹影 紅梅と小禽図 合箱
絹本彩色36.5×31.5
146.池田虹影 南天 合箱
紙本淡彩54.3×30.8
◆池田虹影・1892~1956 郡上八幡町(郡上市)に生まれる。旧姓橋本晴治郎。竹内栖鳳門下。文展、帝展で活躍。日本画家。昭和31年に没。
147.宇野嶺城 薔薇図 合箱
絹本彩色50×39
148.宇野嶺城 薔薇図 合箱
紙本淡彩28×112.5
149.宇野嶺城 枝垂れ桜図 紙箱
紙本淡彩22.8×110.5
◆宇野嶺城・1885~? 山県郡大桑(山県市)の人。本名、泰吉。岐阜商業高等学校の美術教師を務める。
150.坂井藍涯 瀑布図 紙箱
紙本水墨30.2×132.7
◆坂井藍涯・1873~1959 不破郡荒崎村(大垣市十六町)に素封家坂井沖右衛門の長男として生まれる。橋本雅邦、奥村石蘭、松本風湖らに日本画を学ぶ。明治24年、父の死去により帰郷。同年、京都の今尾景年に入門する。明治28年、日本絵画協会展に「群鴨図」を出品し宮内省買上げとなる。日本絵画協会評議員として活躍。明治26年、内国勧業博覧会で二等銀牌を受賞。日本画家。昭和34年に没。
151.佐脇波登麿 松図 紙箱
紙本水墨30.7×128.2
◆佐脇波登麿・1853~1922 佐脇源好の子として京都丸太町に生まれる。土佐光文について画を学ぶ。明治の初め岐阜上竹町に移る。明治19年、東洋絵画共進会で三等褒状。明治22年、パリ万博に出品、銀牌を受ける。明治40年頃渡欧。晩年、北長森村野一色(岐阜市北一色)に画室(號聲郷)を設け、門弟を指導する。土佐派の画家。大正11年に没。
152.小島一谿 嵐峡(伊吹山)
共箱
絹本彩色51.8×44.2
◆小島一谿・1899~1974 岐阜市加納に生まれる。幼少の頃一家で横浜に転居。大正2年、川端絵画研究所洋画科に入学。日本画に転向し、大正5年、前田青邨に入門。 主に院展で活躍。昭和49年に没。
153.佐々木尚文 青松白帆 共箱
絹本彩色51.5×45
154.佐々木尚文 豊漁 共箱
太巻二重箱入
絹本著色50.2×42
◆佐々木尚文・1890~1970 大野町黒野に生薬商を営む佐々木元三郎の次男として生まれる。本名武郎。多治見で陶磁器の絵付けをする画工として働く傍ら画家を志す。明治41年、川合玉堂に書生として入門。主に帝展で活躍する。昭和20年、長野市に疎開、晩年を同地で暮らす。日本画家。昭和45年に没。
155.虫賀六腑 金魚図 紙箱
紙本彩色50×33.5
156.虫賀六腑 雀とエンドウ図 紙箱
紙本彩色33.6×135
157.虫賀六腑 蓮池游魚 共箱
紙本水墨45.5×139.2
158.虫賀六腑 瓢箪図 紙箱
紙本彩色33.3×128.5
◆虫賀六腑・1892~? 羽島市正木に生まれる。呉昌碩に私淑。清画を独学で学ぶ。医師。
159.河村目呂二
岡崎公園 東照公産湯井戸図 メクリ
紙本彩色34.5×27.4
160.河村目呂二
丸子名物とろろ汁丁子屋図 メクリ
紙本彩色34.5×27.4
161.河村目呂二 岐阜長良川鵜飼図 額装
紙本彩色34.5×27.4
◆河村目呂二・1886~1959 本名、弘。別号、竜興、猫珍奇林、女弄寺、木通庵。目呂二の名は音楽のメロディと敬愛する竹久夢二をもじってつけたという。岐阜県揖斐郡宮地村(池田町)に生まれる。大阪医科専門学校を中退、大正3年、東京美術学校彫塑科卒業。大正4年、レート化粧品本舗図案部に入社。雑誌の挿絵や随筆、当世風俗情緒を表現した目呂二人形の制作を始める。大正15年、銀座松屋で猫うちわ展 開催。昭和12年、第1回文展無審査。彫刻家としての活動の他、無類の愛猫家で猫を題材にしたユーモラスな随筆や俳画などを多く描いた。また、版画家の武井武雄と自転車愛好家集団「ジャズマニアグループ」を結成し「東海道飛車栗毛」と称して自転車での画行脚を敢行したり、 「上野人物園」と称した奇妙な出で立ちのパフォーマンスなど、奇想天外の自由人でもあった。昭和34に没。